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鹿児島地方裁判所 平成3年(わ)187号 判決

主文

被告人Aを懲役二年に、被告人B及び被告人Cをそれぞれ懲役一年六月に、被告人Dを懲役一年に処する。

この裁判の確定した日から、被告人A、被告人B及び被告人Cに対し各五年間、被告人Dに対し四年間、それぞれの刑の執行を猶予する。

訴訟費用は被告人四名の連帯負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

第一  被告人Cは、昭和六三年二月から鹿児島県大島郡伊仙町総務課財務係として勤務し、平成三年四月七日施行の鹿児島県県議会議員選挙に際し、伊仙町選挙管理委員会委員長から同町選挙管理委員会事務従事者としての委嘱を受け、同年三月二九日ら同年四月七日まで、同町選挙管理委員会の選挙事務に従事したものであるが、同町総務課庶務係長E及び同町監査委員会事務局書記Fと共謀の上、同月二一日施行予定の同町長選挙の立候補予定者Mの選挙運動者Gから、右県議会議員選挙における棄権者の教示方の懇請を受けるや、同県議会議員選挙の選挙人名簿から秘密事項とされている同選挙の棄権者名を抜き書きして、右Gに教示することを企て、同月八日、同町大字伊仙一、八四二番地同町役場監査委員会室において、被告人、右E、右Fが、同町選挙管理委員会室保管中の右県議会議員選挙の選挙人名簿の抄本六六冊から、職務上知り得た秘密である右県議会議員選挙の際の棄権者七九〇名位の氏名等をメモ紙に抜き書きし、同町大字伊仙一、八四二番地伊仙町中央公民館前において、右Eが右抜き書きにかかるメモ紙を右Gに交付し、もつて、職務上知り得た秘密を漏らし、

第二  被告人Aは、平成三年四月二一日施行の鹿児島県大島郡伊仙町長選挙及び同町議会議員補欠選挙に際し、同町選挙管理委員会委員長並びに両選挙の不在者投票管理者として、不在者投票受理等の選挙事務を統括掌理していたもの、被告人Bは、同町選挙管理委員会書記長、被告人C及びDは、同町職員で、いずれも同町選挙管理委員会委員長の委嘱を受け、同町選挙管理委員会選挙事務従事者として不在者投票受理等の選挙事務に従事していたものであるが、同月一八日神戸市中央区選挙管理委員会委員長から送付を受けた両選挙の選挙人Hにかかる不在者投票が他人による詐偽(替玉)投票であつて、投票日にH本人が投票に来るであろうことを察知するや、右詐偽投票の事実を隠蔽するため、同人名義の右不在者投票及びその関係書類等を廃棄することを企て、

一  被告人四名は、共謀の上、同月一九日午後九時過ぎころ、前記同町役場選挙管理委員会事務局において、被告人B同C及び同Dが、同委員会保管の「郵便不在者投票宣誓書綴」からH名義の「投票用紙等請求書兼宣誓書」一枚、「不在者投票事務処理簿」から「第八投票区分の処理簿」一枚、「第八投票区選挙人名簿の抄本」及び「西部地区選挙人名簿の抄本」から「H名が記載されている各名簿」一枚を、それぞれ取りはずして廃棄し、もつて、公務所の用に供する文書を毀棄し、

二  被告人B、同C及び同Dは、H名義の右不在者投票を無かつたことにしても、被告人Aの管理する不在者投票用投票用紙の総数と交付枚数及び残枚数の合計とがずれないようにするため被告人Cにおいて、不在者投票をする際被告人Aから投票用紙の交付を受けないで、不適式な不在者投票であるI子にかかる不在者投票の投票用紙を使つて投票した上、H名義の右不在者投票を抜き取つて投票用紙の枚数を合致させようと企て、共謀の上、同月一九日午後九時四〇分ころ、前記選挙管理委員会事務局において、同委員会で保管中の外封筒の表面に「I子」と記載されている前記両選挙の選挙人I子にかかる二重封筒入り不在者投票二通を開封して、各封筒から記載済み投票用紙各一枚を取り出した上、開封した右二重封筒二通を廃棄し、もつて、公務所の用に供する文書を毀棄し、

三  被告人四名は、被告人Bが、翌二〇日午前八時ころ、被告人Aに右謀議の内容を報告し同被告人がこれを了承することによつて、順次共謀の上、いずれも被告人Cにおいて、

1 同月一九日午後九時四〇分ころ前記選挙管理委員会事務局で二重封筒から取り出した選挙人I子にかかる不在者投票の投票用紙二枚のうち、同町長選挙の投票用紙に記載された「甲野マサヒコ」の文字に鉛筆で加筆して「甲野マサヒロ」と改訂冒書した上、翌二〇日午前一〇時四〇分ころ、同委員会事務局隣室の不在者投票記載所において、不在者投票の手続をなし、両選挙の投票用紙を保管しその交付事務を担当していた被告人Aから投票用紙の交付を受けないで、右I子にかかる不在者投票の同町議会議員補欠選挙候補者氏名記載の投票用紙及び右加筆により同町長選挙候補者氏名を冒書した右投票用紙各一枚を、各選挙ごとに準備していた二重封筒に入れて糊付けし、各外封筒の投票者氏名欄に鉛筆でそれぞれ「C」と記載し、あたかも被告人Cが同Aから交付を受けた投票用紙に各選挙の候補者の氏名を自書したもののように装つて各保管箱に投入し、もつて、各投票を偽造し、

2 同月二一日午前一〇時四〇分ころ、前記不在者投票記載所において、不在者投票の仕分け作業に従事中、外封筒の表面の投票者氏名欄に「H」、同裏面の立会人欄に「J子」と記載されている右H名義の二重封筒入り不在者投票二通を未開封のまま抜き取り、もつて、それぞれ投票の数を減少させ、

3 同日午前一〇時四五分ころ、前記同役場二階の同町公民館に通じる渡り廊下において、2記載のH名義の二重封筒二通を開封して、在中の記載済み投票用紙各一枚を取り出した上、開封した右二重封筒二通を同役場焼却場で焼却し、もつて、公務所の用に供する文書を毀棄し、

たものである。

(証拠の標目)《略》

(補足説明)

主任弁護人及び弁護人中原海雄は、判示第二の一の事実(投票用紙等請求書兼宣誓書等に関する公文書毀棄)につき、被告人Aについて共謀の事実を争い、被告人Aも第六回公判以降それまでの自白を覆して、「四月一九日夜、B書記長に指示したのはHが投票できるという方向でということだけで、B書記長から誰にも分らないよう隠便に処理する方法があると言われたので、その処理を任せた。B書記長が具体的にいかなる方法で処理するかは知らなかつた。関係書類の改竄等の指示はしていない。B書記長に一任する時、文書の破棄が行われるという認識はなかつた。」旨供述するので、以下補足説明する。

被告人Aが、捜査段階において、「四月一九日夜、B書記長が『実は、島から出たことのない小島部落居住のHについて何者かがその名義で不在者投票をし、既に投票がなされて、投票用紙が郵送されてきて受理されている。このままにしておけば投票当日Hが投票所に行くとこの不正が発覚し、投票当日は大変なことになる。このようになつたのはCが良く確認もせずに不在者投票用紙を発送してしまつたからだ。』と言つてきた。この報告を聞いて、困つた事態になつたと思い、この問題の処理について警察に連絡し、捜査してもらつた方がいいのではないかと思い、B書記長に『警察に届けた方がいいのでは』と言つたところ、B書記長は、『このことを警察に届けたら表面に出て騒ぎがますます大きくなり大混乱になる。今夜Cとも話し合つたが、このHの不在者投票をなかつたことにするために、不在者投票関係の書類を書き直すことにしている。混乱を防ぐには今のところこの方法以外にはない。』と進言してきた。そこで、私は、K派の者が不在者投票の替玉投票で選管に対し抗議に来たりして騒いでいることは聞いていましたので、Hの不在者投票が替玉であることを警察に届け出るとB書記長が言うようにK派らが騒ぎ出し選挙事務に大混乱をきたすことも必至であることから選挙事務をスムーズに行うためにもB書記長が言うように関係書類を改竄してHの不在者投票がなかつたことにするしか手がないなと思い、私も腹を決め、B書記長に『Hの不在者投票は、なかつたことにしてくれ。その方法は、あんたに任せるから、あとで表面に出ないようにうまくやつてくれ。』と言つて、B書記長が伺いをたててきた事項を承諾し、B書記長が進言する通り関係書類を改竄する等してHの不在者投票をなかつたことにするように指示した。」旨供述(B検乙五号)するところ、右供述は、被告人Bの供述(B検甲二二ないし二五、二八、二九、三一号)と符合する上、

1  関係証拠によれば、奄美群島では、各選挙の度に熾烈な選挙戦が展開され、今回の伊仙町長選挙でも、事実上衆議院議員L派のM候補と前衆議院議員N派のK候補の一騎討ちとなり、同時に行われた同町議会議員補欠選挙にも、両派から立候補して、激しい選挙戦が展開されており、被告人Bは、かねて被告人Aに対し「数日前から四月二一日施行の町長選挙等ではM派の運動員が郵送による不在者投票を利用し不正な投票をしている等とK派の運動員から抗議の電話が来ている。」との報告をしていたが、神戸市の選管委員長から不在者投票の送付された選挙人Hが島外に出たことがないことを聞き、Hが投票日に投票に来て、不在者投票により替玉投票が行われていることが発覚すると、かねて替玉投票を問題にしていたK派が騒ぎ出して選挙事務遂行に支障をきたすだけでなく、深刻な事態になりかねないと予想し、被告人Cに命じてM派の選挙運動者GをしてHに投票を差し控えさせようとしたが果たせず、一九日夜、被告人C及び同Dと話し合つた結果、その発覚を防ぐには、Hにかかる不在者投票関係の書類を差し替え、廃棄することによつてHにかかる不在者投票の事実を隠蔽するほかないとの結論に達し、被告人A方へ相談に赴いたものであること、が認められ、右の状況及び被告人A方へ相談に赴いた経緯等に照らすと、被告人Bが、処理の方法として単に隠便に処理する旨の報告をしたに止まつたとは到底考えられず、事前に被告人Cらと検討した結果、すなわち、Hにかかる不在者投票の事実の発覚を防いでHに投票させるために右不在者投票関係の書類等を差し替え、破棄せざるをえないとの報告がなされたものと考えるのが自然であること、

2  関係証拠によれば、被告人Aは、昭和四五年二月から同五九年九月まで伊仙町の職員として在籍していた間、殆ど選挙の度ごとに選挙事務に従事したうえ、同六三年九月同町選挙管理委員会委員長に就任し、平成元年二月施行の鹿児島県知事選挙、同年七月施行の参議院議員選挙、同二年二月一八日施行の衆議院議員選挙、同三年四月七日施行の同県議会議員選挙並びに本件選挙において、いずれも町選管委員長及び不在者投票管理者として、不在者投票受理等の選挙事務を統括掌理してきたことが認められるから、不在者投票の手続、すなわち、不在者投票をしようとする者が選管へ「投票用紙等請求書兼宣誓書」を提出することや、選管において不在投票事務処理簿及び選挙人名簿抄本の備考欄へ所定の記入等がなされることは、職務上当然知つていて然るべき事柄であるから、Hにかかる不在者投票の事跡を隠蔽するには、右書類等の書き換え等が必要であることは、被告人Aにおいても当然予想されたものであること、

3  関係証拠によれば、四月一九日夜、被告人Aとの相談を終えて選挙管理委員会事務局へ戻つた被告人Bは、事を決断した様子で、直ちに被告人C及び同Dに対し判示毀棄為を指示し、一気呵成に関係書類の書き換えや差し替えを終えた上、同委員会で保管中のI子にかかる不在者投票の投票用紙を用いて被告人Cが不在者投票し、Hにかかる不在者投票を抜き取ることによつて、投票用紙の交付枚数に矛盾が生じないようにして、Hにかかる不在者投票の事実の隠蔽を遂げることを謀議し、翌二〇日午前八時ころ、被告人Aに、関係書類の改竄を終えたことを報告するとともに、右謀議の内容を告げたところ、同被告人は、驚くことなく、異を唱えるでもなく、うなずいて了承し、同日、被告人Cが不在者投票をするに際し、自ら交付すべき投票用紙を交付せず、同被告人が前記I子にかかる不在者投票の投票用紙を用いて不在者投票をすることを黙認していたことが認められ、右にみる被告人Aの態度等からすれば、同被告人においては、既に関係書類の改竄をも事前に了解していたものとみるのが自然であること、

等の事情に加え、被告人Aは、捜査段階当初から、一貫して、四月一九日夜の被告人A方における話し合いにおいて、被告人Bとの間に、Hにかかる不在者投票関係の書類の改竄についての謀議がなされた旨の供述をし、第一回公判における罪状認否においても共謀の点を含め全事実を認めていたことなどに照らし、前記捜査段階における被告人Aの供述は、十分信用することができるというべきである。

これに対し、被告人Aの公判廷における前記供述は、第六回公判に至つて初めて供述するに至つたもので、その供述経過自体不自然であるうえ、公判廷においては、言を左右にして追及をかわすことに終始する姿勢を看取することができ、また、一九日夜被告人Bが同Aに相談した内容は、前認定のとおりH名義の不在者投票が替玉投票であつて、そのことが発覚すると選挙管理委員会の在り方を追及され、間近に迫つた町長選挙及び町議補欠選挙が混乱し、選挙事務の遂行に支障をきたす恐れがあるという、切迫した状況下における重大な案件であるのに、両選挙の最高責任者である被告人Aが、その処理の方法等に強い関心を示さなかつたというのは極めて不自然であつて、到底信用することができない。

(法令の適用)

被告人Cの判示第一の所為は、行為時においては刑法六〇条、地方公務員法六〇条二号、三四条一項、平成三年法律第三一号による改正前の罰金等臨時措置法二条一項に、裁判時においては刑法六〇条、地方公務員法六〇条二号、三四条一項、右による改正後の刑法一五条に、被告人四名の判示第二の一、第二の三の3並びに被告人B、同C及び同Dの判示第二の二の各所為は、いずれも同法六〇条、二五八条に、被告人四名の判示第二の三の1の所為は、行為時においては刑法六〇条、公職選挙法二三七条四項、三項前段、平成三年法律第三一号による改正前の罰金等臨時措置法二条一項に、裁判時においては刑法六〇条、公職選挙法二三七条四項、三項前段、右による改正後の刑法一五条に、判示第二の三の2の所為は、行為時においては刑法六〇条、公職選挙法二三七条四項、三項後段、平成三年法律第三一号による改正前の罰金等臨時措置法二条一項に、裁判時においては刑法六〇条、公職選挙法二三七条四項、三項後段、右による改正後の刑法一五条に該当するところ、判示第一、第二の三の1、2の各罪についてはいずれも犯罪後の法令により刑の変更があつたときにあたるから刑法六条、一〇条によりそれぞれ軽い行為時法の刑によることとし、判示第一、第二の三の1、2の各罪について所定刑中いずれも懲役刑を選択し、以上はそれぞれ刑法四五条前段の併合罪であるから、同法四七条本文、一〇条により、それぞれ刑及び犯情の最も重い判示第二の一の罪の刑に法定の加重をした刑期の範囲内で、被告人Aを懲役二年に、被告人B及び同Cを懲役一年六月に、被告人Dを懲役一年に処し、情状により同法二五条一項を適用してこの裁判の確定した日から、被告人A、同B及び同Cに対し各五年間、被告人Dに対して四年間、それぞれの刑の執行を猶予し、訴訟費用については、刑事訴訟法一八一条一項本文、一八二条により被告人四名に連帯してこれを負担させることとする。

(弁護人の主張に対する判断)

一  主任弁護人らの判示第二の一(投票用紙等請求書兼宣誓書等に関する公文書毀棄)及び第二の三の3(H名義の不在者投票用二重封筒に関する公文書毀棄)の事実についての無罪主張の趣旨必ずしも明瞭ではないが、その要旨は、「町選挙管理委員会委員長には、誤つてなされた不在者投票を撤回する権限があり、撤回がなされると、その不在者投票はなかつたことになるので、その不在者投票に関する選挙人名簿の抄本及び不在者投票事務処理簿の記載を削除することが必要となり、削除の方法としては、抹消、消去、紙片の貼付及びその部分の用紙の差し替え等いずれの方法によるかは町選管委員長の行政判断に属するところ、町選管委員長であつた被告人Aにおいて四月一九日夜被告人Bの報告を聞いて第三者がH名義でなした不在者投票を撤回したので、選挙人名簿の抄本及び不在者投票事務処理簿の右不在者投票に関する記載を削除することが必要となり、被告人らは、その削除の方法として、各その部分の用紙を差し替えたものであつて、違法ではなく、右差し替えにより引き抜かれた文書並びに右不在者投票が撤回されたことにより権利主体のない無効な文書となつた投票用紙等請求書兼宣誓書や不在者投票用二重封筒は、いずれも公務所(選挙管理委員会)の用に供する文書ではなくなつたので、これを廃棄しても違法ではない。」というものである。

しかしながら、本件H名義の不在者投票についての、選挙人名簿の抄本の記載は、同人名義の不在者投票がなされた事実の、不在者投票事務処理簿の記載は、同人名義で不在者投票用紙等の請求があり、投票用紙等が交付され、不在者投票管理者から不在者投票が送致された事実の記録された文書であり、投票用紙等請求書兼宣誓書は、町選管委員長に対してH名義で不在者投票の事由に該当する旨の宣誓がなされて不在者投票用紙の請求がなされたこと、不在者投票用二重封筒は、同人名義の不在者投票がなされて不在者投票管理者から町選管委員長に送致されたことをそれぞれ明らかにする代替性のない証拠たる文書であるから、仮に、町選管委員長に主任弁護人らの主張するような撤回権限があつてH名義の不在者投票が撤回されたとしても、右各事実そのものがなくなるものではないから、当該選挙に関する事務を管理する選挙管理委員会としては、右各事実が存在したことを明らかにしておくために、右H名義の不在者投票に関する記載のある選挙人名簿の抄本及び不在者投票事務処理簿並びに右投票用紙等請求書兼宣誓書及び不在者投票用二重封筒を保管する義務があるは勿論、主任弁護人らの主張する撤回が必要であつた事由及び撤回に至る経過等を明らかにする文書等としても、さらには、第三者がH名義で不在者投票する行為は公職選挙法に違反する犯罪であつて、告発のための証拠としても必要なものであるから、右各文書は、いずれも「公務所ノ用ニ供スル文書」であつて、選挙人名簿の抄本及び不在者投票事務処理簿のうち、右不在者投票に関する記載部分の用紙を差し替えて廃棄することや、右不在者投票に関する投票用紙等請求書兼宣誓書及び不在者投票用二重封筒を廃棄する行為が許されないものであることは明らかである。

なお、主任弁護人らは、「文書の用紙の差し替えも誤記の訂正の一方法として許される。」旨主張するが、明らかな誤記を訂正する場合には、便宜な一方法として文書の用紙の差し替えによることが許される場合があるとしても、本件の場合は右と異なり、記載がなされる時点では、その記載に沿う事実が存在するとされたものが、のちに撤回されたことにより無効になつたとして訂正するものであつて、その訂正に至る経過及び結果を残す必要のある場合であるから、文書の用紙の差し替えによる方法が許されるものではない。

二  主任弁護人らは、判示第二の二の事実(I子の不在者投票用二重封筒に関する公文書毀棄)につき、「I子の不在者投票は、形式上からも、実質上からも、公職選挙法上の不在者投票に該らない選挙にとつては全く無効な文書であり、選挙の執行上、選挙管理委員会には無用の文書であつて、公職選挙法及び同法施行令並びに同規則にこのような文書の保管に関する規定がない以上、公務所の用に供する文書ではない。」旨主張する。

なるほど、I子にかかる不在者投票は、主任弁護人らの主張するように公職選挙法上不在者投票としては不適式で無効なものであるが、右不在者投票は、本件選挙の選挙人であるI子が本件選挙について不在者投票をするため、所定の手続きを履践して町選管委員長に投票用紙を請求し、所定の事由があるものと審査、判断されて、町選管委員長から交付された投票用紙及び二重封筒を使つて町選管へ郵送して来たものであるから、それが、公職選挙法上不適式で無効なものであつたとしても、本件選挙に関する事務を管理する選挙管理委員会としては、選挙に関する一切の事務が適正に行われたことを明らかにしておくことが必要であるから、右不在者投票は本件選挙に関し選挙人I子からそのような方法で不在者投票が郵送されたことを明らかにする書面として、「公務所ノ用ニ供スル文書」であり、右不在者投票及び同投票の送付に使われた封筒をその選挙が終了するまで保管すべきは当然であつて、保管に関する規定がないからといつて、すでに選挙の前前日これを廃棄してしまうことが許されると解することは到底できない。

三  主任弁護人らは、判示第二の三の1の事実(投票偽造)につき、「被告人CがI子の不在者投票の投票用紙を使つてなした不在者投票は、不在者投票保管箱には投入されているが、投票所に送致されていない。投票所に送致されていない票を「投票した」と称して、既遂となしうるかは疑問であり、未遂について処罰規定がない以上被告人らは無罪である。」旨主張する。そして、関係証拠によれば、被告人Cのなした右不在者投票が、その後投票所に送致されなかつたことが認められる。

しかしながら、不在者投票は、投票所以外の場所で行われる投票であり、選挙人とては、所定の手続を経て交付を受けた投票用紙に候補者の氏名を記載して不在者投票用封筒に入れて封をし、投票用封筒の表面に署名して不在者投票管理者に提出すれば、不在者投票管理者により選挙人が所属する投票区の投票管理者に送致され、投票管理者において受理決定をしたのち投票箱に入れられるものであつて、選挙人の投票行為としては、右投票用紙を入れた不在者投票用封筒を不在者投票管理者に提出する(又は、不在者投票保管箱に投入する)ことによつて完了するものであるから、不在者投票の方法による投票偽造罪の「投票」も右をもつて足り、その後右不在者投票が投票所に送致されたかどうかは同罪の成否に関係がないと解するのが相当である。

四  主任弁護人らは、判示第二の三の2の事実(投票増減)につき、「Hにかかる不在者投票は、選管委員長により撤回されたから選挙権の主体を失つた無効の投票となり、そのまま送致されれば、投票管理者に有効な投票と判断され、二重投票となる危険があるので、仕分作業中に抜き取つたものであつて、本件は、必要上の抜き取りであるから、被告人らは無罪である。」旨主張する。

しかしながら、選挙に関する事務が適正に行われるためには、その選挙に関与する選挙管理委員会、同委員長、不在者投票管理者、投票管理者及び開票管理者らが、それぞれ関係法令に定められた職務を忠実に履行することが必要であるところ、町選管委員長において不在者投票を無効と判断した場合に不在者投票保管箱からその投票を抜き取ることを許す法令等はないから、一旦適式有効なものとしてなされた不在者投票は、のちに不適式、無効の投票であることが判明して投票管理者(令六三条)又は開票管理者(令七一条)によつて不受理或いは受理を拒否される等のことがあるのはともかく、不在者投票管理者から不在者投票の送致を受けた選挙人が登録されている選挙人名簿の属する市町村の選管委員長としては、直ちに投票及び不在者投票証明書を選挙人の属する投票区の投票管理者に送致しなければならない(令六〇条二項)のであつて、仮に、同選管委員長らにおいて、その不在者投票を無効と考えたとしても同様であるから、これを不在者投票の仕分け作業中に密かに抜き取ることが許されるものではない。

なお、投票増減罪は、投票された投票の数自体を増減する行為を犯罪とするものであるから、その投票が有効な場合に限られるものではないと解されるし、本件詐偽投票であるH名義の不在者投票についても、投票管理者に有効な投票と判断され二重投票となる危険を防ぐためには、選挙管理委員会の調査結果を表示して右不在者投票を送致する等すれば足るから、主任弁護人らの主張のうち、このことを理由とする点もまた失当である。

五  主任弁護人らは、判示第二の各事実(公文書毀棄、投票偽造、投票増減)につき、「被告人らは、いずれも伊仙町選挙管理委員会の役職員として、純粋に一人の有権者Hの選挙権の行使を阻害しないための一念から、合法的なものと解釈して行つたものであるから、正当業務行為として違法性を欠き、仮に法令の解釈を誤つたとしても違法性の意識はなかつた。」旨主張する。

しかしながら、被告人らが右各行為に及んだのは、主任弁護人らの主張するような目的からではなく、前記のように、H名義でなされた不在者投票がM派の選挙運動者による替玉投票であることを知るや、同派の選挙運動者Gに対し「あんたらの責任でHに投票させないようにしてくれ。」と頼んで、選挙人であるHを選挙当日投票に来させないようにしようと画策したものの、右Gから「Hと面識がないので、同人を説得するのは無理である」と言つて断られ、右説得が困難となつたことにより、ここにおいて、Hに投票所へ来させないようにすることを断念するとともに、右替玉投票が発覚して、K派の運動員らから選管のミスを糾弾される等して選挙が混乱することを恐れる余り、敢えて、H名義の不在者投票並びにこれに関する一切の手続がなされなかつたように装うため、関係書類等を訂正し、書き替え、書き直して差し替えて廃棄する等した上、不在者投票用紙の交付枚数の辻褄を合わせるため、I子の不適式で無効な不在者投票の投票用紙を使つて投票を偽造し、不在者投票の仕分け作業中にH名義の不在者投票を密かに抜き取る等したものであつて、右犯行に至る経緯及び、事柄の性質上、これが町選管の役職員としての正当な業務行為に該らないことは勿論、捜査段階における被告人らの各供述に照らすまでもなく、右各犯行当時被告人らに違法性の意識があつたことは明らかである。

(量刑の理由)

本件公職選挙法違反等は、前記のとおり、最も厳正に行われるべき公職の候補者の選挙事務について、町選管の最高責任者である町選管委員長及び選挙事務の責任者である同書記長が他の選挙事務従事者らとともに選管ぐるみで行つた悪質な職務犯罪であつて、町選管の選挙管理事務に対する信頼を大きく失墜させた被告人らの責任は重大であるといわなければならない。

しかしながら、被告人らは、M派の選挙運動者と組んで前記替玉投票を行つたものではないし、本件一連の犯行も、被告人らがM派のために右替玉投票を隠蔽しようとしたものではなく、右替玉投票が発覚することによつて、町選管のミスを糾弾されることや選挙が混乱することを恐れたことによるものであつて、ことさらM派のために偏ぱな取り扱いをしようとしたものではないこと、いずれもさしたる前科、前歴がないこと、相当期間逮捕勾留された上、それなりの社会的制裁を受けていること等一切の情状を総合考慮し、主文のとおり量刑した。

よつて、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 若杉立身 裁判官 林田宗一 裁判官 一木泰造)

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